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| | ①会員募集を広報することに伴い発生する問題と対策
②会員の掘り起こしの手段は
③会員募集に条件・制限など設けるべきか
④山行に参加できない(しない)会員への対策
⑤定例総会の活性化への特効薬は?
⑥山岳会のメリット、デメリットは
⑦山岳会なんだからミーハーなことは
⑧山岳会でも親睦やお楽しみは欠かせない
などなど |
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| | いつの時代にも、山へ行ける人と行けない人はいたと思う。以前、アラさんに「最近、山行くニンゲンは決まってしまってる」とくどいたら、「むかしからそおらったわや」と言われた。しかし昔は会員も若かっただろうが今や年寄りだらけ。なのに「カメダは大丈夫」と言った人がいた。当会のどこをどう見れば、大丈夫だといえるのか分からない。分からないといっている私はおかしいのかなあ? |
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| | 「山岳会なんだからミーハーみてなことしてらんねろう」とか、「もっとらくなとこねえんか」とか、注文は様々ある。しかし、会として何か仕掛けを作ってゆかないといけないのかなあとは思う。昔、「好きなときに好きなとこへいけばいいんねっかね」と言われて随分悩んだ時期があった。それぞれが好きなときに好きなとこへ行くのであれば会など不要であろう。まあ無理せず自分の主義主張を曲げずに思い通りやれるのなら悩みもしないが、会として決定したこととか、みんなで申し合わせたことを「そんなの関係ネエ!」と主張することはできない気がする。もう30年ちかく過ぎてしまったのにいまだに同じようなことを考えている。進歩してねえなあ~!
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| | 所詮、山好きのよったかりでしかない。どこをどうかきまわしても素人の集団。会則で何を決めてもなんの拘束力もない。山行担当であろうと、会の役割であろうと、本人にやる気がなければ、ただそこまでのことで完結する。そこに「ピン外れなやつ」がワアワア、ブツブツ言ったり、右往左往しているとまるで「ピエロ」にでもなった気分になる。つまり、なんの拘束力もない決めごとで何かをやるということは本当はものすごいことなんだと痛感している。仕込んでしまえば「ねかせる」ことも可能だろうが、仕込みができない状況では「ねかせる」ことさえできない。 |
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| | 入会の動機は種々様々だろうが、数ある山岳会の中からなぜ亀田を選んだのか?そして、なぜ亀田に残り続けているのか?所属していることに価値がある組織もあるだろうが?参加したり活用しないともったいない組織もあると思うが、なぜなんだろう?組織強化には役立たせることができるかも? |
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| | 一昔前は、山岳会などに所属しないと登れない山も多くあったと思う。しかし最近では、とんでもない時期とんでもないエリアに入り込んでいる人もいる。組織の力なしでも相当なところへ行ける時代になっているようだ。では、組織に何を期待するのか?いや、組織に何を与えようとしているのか?あなたが組織に所属する意味は何ですか? |
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| | 入会者をかき集めることになるのかも?年齢オーバーだからダメとか、おんぶにだっこで手がかかりそうだからダメとか、いっているとみんなよそに取られてしまう。その人につながっているかも知れない宝の山が最近気になる。それに振り返れば、期待された新人の大半はいつのまにかいなくなっている。代わり映えのしないものの中から化ける新人もいる。「三つ子の・・」なんとやらで、年をくっても根性や性根は変わらないだろうが少しは周りが見えるようになるかも知れない。
ただ、ちょっと目先の利くヤツがその気になれば、あっという間にかき回してしまうだろう。多少の対策を講じておいて、あとは「いらっしゃ~い!」だろうか? |
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| | ①会員制度の改正(特別会員、正会員、準会員、会友)②GPSトランシーバーシステムの構築・購入③ホームページの運用方針、活用方法の策定検討④年会費および積立金の有効利用⑤活動計画の修正検討(夏季~秋季) |
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| | なぜ、山岳会に所属するのか。
独りだと「心が折れる」から。
山に行こうと思っている前日、天気予報が悪かったら。
心が弱っている時、そのときにやめてしまう。
心が強い時は出かけてから考える。
なかまがいるとき、山の準備はちゃんとする。
結果、好きな山にいる時間が多くなるから。 |
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| | いつの間にかこんなコーナーできていたんですね。
気がつきませんでした(^^ゞ
新人の私から見て思うこと・・
歴史のある山岳会ですから
山へのノウハウや経験、装備知識など
団体へ属する利点は非常に大きいかと思います。
実際、シロウト登山をしていた私にとって、みなさんの知識は「目から鱗」ものでした。
>かきまわされる
活動の基本となる「綱領と指針」がわかりやすく明確ならば
次代を受け継ぐ世代が、大きく軌道を逸れてかき回すことは少ないのではないでしょうか。
若い世代のすることは、どんな時代でも異端に思われるということもあります。
むしろ、ある程度の自然な変化も必要ではないでしょうか。
新人が意見することではないでしょうが、少しでも参考になればと思い、書き込みました。
佐藤会長 がんばってください! |
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| | 貴重な意見ありがとうございます。今後の活動の参考にさせていただきます。なお、このホームページはまもなく閉鎖予定です。現在、田村さんにまったく別のものをつくってもらってます。ケータイなども活用できものなのかなあと期待しています。ふところ深く門戸を広く、歴史と伝統ある山岳会として堂々と新しい仲間を受け入れようと思ってます。 |
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| | 会や友のために多少無理して山に入ったこともあった。山に入ってやっぱ俺って山好きかも?と思ったときもあった。大儀や理屈で山は登れない。頑張っても、頑張れば頑張るほどつらくなる。無理せず本当に登りたくなるまで待つしかない。どう考えても自分のためにしか山は登れないし登るべきでない。と思うが、どう? |
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| | 山岳会にいることが負担になっているなら、しばらく休んでみるのも手だと思う。他人からすればつまらないものでも自分にはかけがえのないもの。そんな何かがないと決して続かないのかも。でも、逆に本当にみんなのために、とか、会のために何かやってみたいと思うこともある。決して他人に言われて山になんか登れないし、頼まれもしないことに馬鹿になれないけど・・・ |
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| | もっと集まってくれればなあと思うが仕方ないか。今月は役員会の開催月にあたっているが、総会のときにいっしょにやろうかな?どうせ山に行けるメンバーはほぼ決まっているんで後で電話でチョコチョコと決めればいい。むしろ、山に行けないのに集まってくれる人のために何か考えないと申し訳ないかも。それ以上に、総会に出られないメンバーに「おしらせ」みたいなものを送ってやりたいくらいだが時間も金もかかってしまうので実際はかなりキツイ。そんなところを補おうという観点でホームページは立ち上げている。対外的なアピールを主としているのではなく、先週あそこに登ったよ!がっといかったぜえ!こんどなじらね!とかを書く人、それに反応する人、すべて会員同士のやりとりを想定している。そんなやりとりを外部からのぞいて「なんかおもっしぇみてらな」と思わせたら、とりあえずは大成功!受け皿は別途用意しておくみたいな感じかな? |
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| | 当会の方針はどっち向き?積極的に素人との差別化をめざし雪・岩・沢などに特化してゆくべきか?中庸路線を維持すべきなのか?ホームページの公開やポスター掲示、高校生に働きかけをするという話を具体化するには、しっかりした方針を出さねばならない。ひとりふたりがイキマイても全員の了解と後押しがないと「絵に描いたもち」になりかねない。そんなにゆっくりもしてなれないと思うがいかがか? |
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| | 山が好きで、他人より山慣れしていて、充分体力があるなら、別に山岳会なんかに入会しなくても充分に山を楽しめる。そんな人が何人集まっても山岳会にはなれないと思う。山岳会で何をするのか?組織を駆使してどうしようと思っているのか?そんな何かがないと組織にいること自体が無駄になる。ただ山に登るだけなら巷に繁殖している山マニアとなにも変わらない。そもそも山に登ることだけを重視しすぎていないだろうか?山さえいっていれば大威張りできるのか?ちょっと違うと思う。山に登らなくとも果たせるものが必ずあると思う。自分のため、友のため、会のため・・・、まあいろいろあると思うが、そんな何かを共有している山好きの集まりを、はじめて山岳会というのだと思う。 |
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| | 入会希望者はすべて受け入れるべきだと言われた。「以前、資格審査をやると言ったら逆に断られた」と話したら「そんなことをすれば誰も入ってこないに決まってる」と言われた。組織は変転するもので新しいメンバーが新しい組織をつくっていけばいい。それにわが身を振り返ればもともとそんなにたいしたもんじゃなかった。会に入って磨かれ成長したのだと思う。すべてを受け入れ流れに任せるのも必要な気がしてきた。それでも消滅する組織ならその様をしっかり見届けるの一種「美学」なのかもしれないなどと、酔いがついつい語らせているようだ。 |
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| | みんなが、同じ夢を抱き同じ目標に邁進する必要はもうないと思う。同じ顔つきで同じ方向を見つめる群像は少し気味悪いかもしれない。山岳会に求めるもの、あるいは与えるものは、それぞれ違っているのが当然だと思う。ただ、どんなに山岳会のことを想いつづけていたとしても、そのつながりが希薄となってしまえば、言葉は悪いが「くそのやくにもたたない」ものになってしまう。想いの濃淡にケチをつける気はないが、みんなで関わらないと・・・、手や足や口を出さないと何も生み出せない組織になってしまう。 |
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| | 亀田のホームゲレンデといえば川内と飯豊に決まってる。と思っている人も多いようだが、ほんとにそうかなあ?そもそもホームゲレンデってなに? |
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| | 以前、「モチヤマ」という言葉を聞いたことがある。自分たちが管理している山という意味だと思う。亀田もそんなのがあると少しはかわるのかなあ?しかし、北アルプスへ日本海から登れる新道を作った某山岳会も、現在の会員数は4名のようだ。 |
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| | 亀田に待望の登山専門店が進出し連日盛況のようである。地元の山岳団体の代表格であることをいち早く示すとともに、会員募集のポスター掲示を提案したいと思っています。当然これを機に老舗「ICI石井スポーツ」にも頼んでみたいと考えています。どんなものをどんなふうに準備したらいいのか相談しましょう。 |
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| | 新しく何か仕掛けて行くには、みんなの考えをすり合わせて結束してゆかねばならないと思う。我々の会が今いかなる状況にあるのか、なにが不足しているのか・・・・・、やっぱり何もせずにいることはできない。徒労だとか大袈裟だと言わせてられない。 |
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| | 表のブログに書きましたが、メジャーじゃない山行で作られたトラックからルートを作成して、ネットに公開する。山専門店にコピーしてくる。など、汗を書いて認知していただくということ。
新規会員はウェルカムですよ。という意思表示をするということ。
この2点を両輪にして行動していくことが必要だと思います。 |
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| | 高齢化の進行とともに実働人員が減少している。毎月のミーティングも月例山行もそうだ。特定の人に負担がかかりすぎている。次も次もそのまた次もである。「好きな山に行けていいじゃない」とか「おれらは会費用員だから・・・」じゃあねえ!問題はそのかわりがいねえことなんだ。もうギリギリのところにきている。この現状を知らねえ○○がいる。そりゃそうだ、総会に一度出ないで一年過ごすわけだから解る筈がない。「サトウは立場上大変なんだ」とか「責任上言っている」とかいう人がいるが違う。この問題に立場なんかカンケエネエ!そもそも俺の問題じゃあねえんだよお!みんなの問題にきまってんだろう。もっとしっかりしてくれよ! |
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| | どこかの標語みたいだが今年から会の仕事をひろくばらまいてみた。しかし、なんの断りもなく他人事のように総会を欠席されてしまうと、逆にこっちが動揺してしまう。やむなく代役をきめて収拾してしまったが、本当は違う気がする。この辺にも「活性化へのカギ」があると思う。 |
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| | 山岳会なんだから、やっぱり山に登らねばならないとは思う。しかしその前に組織なんだから、会のことをみんなで話し合う必要があると思う。せめて月一回の集まりに来てくれれば・・・・。来週の山をどうするかとか、来月の山に誰がゆけるか?とかを打ち合わせるよりも、もっと真剣に相談すべきことがいっぱいあるんじゃあないのかなあ? |
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| | 会費さえ払っていれば会員だという意見を聞いたことがある。それはそれで一理あるだろうが、そう簡単には納得できない。総会にも山にも来ない会員に誰も何も言わない現状っておかしいと思わない?会費が惜しかったからなのかなあ?でもそれってやっぱり変、本末転倒だよ。会費は払ってるけど会員じゃあないような人もいるわけだし・・・。こんなこと言ってるとクレームの嵐にさらされそうだけど。せめて総会くらいは出てきてよ!どおして? |
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| | 30代半ばから40代半ばまでの10年近く、私の気持ちは会になかった。とくに後半の5年間は会員としての活動ができなくなり休会した。もともと、山よりも仲間とか組織にひかれていたこともあり、会を休むことは山も休むことに等しかった。じっくり時間かけて自分の気持ちを整理しなおして「復帰」を決意した。ちょうど失恋した相手、片想いの相手の前に立つような気分で戻ってきた。
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| | 会員が増えることではない。どんなに数が増えても無駄はやっぱり無駄にしかならない。一方、たったひとりでも掛け替えのないひとりは数千人に値する。効果とか結果とかも気になるが、ただいるだけで嬉しくなる。見栄えのするしないは別の話で、わたしは、あなたの存在に感謝する。
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| | そうだよね!やっぱり汗かいて山登ってナンボノモンダよね。 |
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| | 組織なんだから、行きたいときに行きたいところへとか、都合のいいやつが都合に合わせて、というのはおかしいと思う。方針とか目標とか、あるいは協力とか自己犠牲とかがついてまわるものだと思う。そうでなきゃ単なる「山好き仲間」でしかない。 |
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| | 組織は、その結成のときから崩壊の宿命を負う。山岳会がある以上やらねばならないことがある。むしろ、それこそが一番なのかもしれない。山に登らねば山岳会ではないのと同じくらいに重要な責務を会員は背負っていることを意識すべきだと思う。 |
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| | 会を維持継続できる最低限のメンバー確保、ストレスのない新陳代謝システムの確立。会員の意識向上、合宿の復興。あたりだろうか?
いやいや大事なことを忘れていた。やっぱり山岳会である以上、山のこと山のこと。会を組織している以上、会員の共通認識というか、目標であったり方向性であったりするのかもしれないが、みんなでよったかって何をしようとしているのかをハッキリさせようよ!それが当座の目指すものなのかな? |
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| | リーダー不在となって久しい感がある。そして我々は、もうスーパーマンのようなリーダーに出会うチャンスはなさそうである。でも遅ればせながら、リーダーグループのようなものを立ち上げるくらいならまだ間に合うかも? |
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| | 地球は大気につつまれヒトはそのバリアーの中で傲慢になっている?でもその地球とヒトがいなくなったらどうなるの?・・・人数の多い会なら相当数のバリアー人間を許容できるだろうけど、人数が少なくなってくると無理、へたすると中身のないガラスの小瓶になってしまう。 |
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| | 会の業務を分担してもらっている「役員」は総勢で15名いる。このメンバー全員がうまく機能しないと会をリードしてゆけなくなる。俺は広報担当だの装備担当だのといってもらっちゃ困る。みんなで総力戦を戦う気持ちがないと困る。名ばかりの役員を温存する余裕は当会にはないような気がする。 |
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| | 多趣味多芸の人と比べると、私は間違いなく山ヤである。なぜか巷では単一志向だとか偏っているとか批判されがちだが私は間違いなく山ヤだ。山のついでに少々かじった趣味もある。しかし、普段の生活や仕事、大事な家族、愛する郷土、それら全部含めて私の毎日が私を山ヤだと言っている。それは決してどこにも恥じるところはない。でもまあ、たいした山ヤじゃないけれど・・・・・ |
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| | 自分の書いたものに自分で返信するのはむなしい。しかし決して自己満足のためじゃあない。「山ヤ」がもう少し集まらないと、活性化の掛け声も空虚に響いてしまう。 |
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| | 山は山でも愚痴の山ではおもしろくない。当分休みます。 |
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